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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1036号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書六枚目表末行から同裏一行目にかけて「内金二四六〇万九〇六三円」を「内金二四六〇万九〇六三円」に改める。)及び記録中の当審における証拠目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人)

一  延納利子税納付義務の消滅

被控訴人と丙川は、控訴人に対し、本件第一合意において相続税納付のための本件土地売却について販売先、代金額その他一切の決定を控訴人に一任し、印鑑証明書、委任状等の必要書類、署名・捺印等を控訴人の要求があれば即刻提出ないし実行することを約した。

控訴人は、本件第一合意に基づいて、本件土地につき不二建設との間で昭和五八年七月一五日に売買契約を締結することになり、控訴人を除く本件相続人らに対しその旨伝えて同日までに契約書に署名・捺印するとともに印鑑証明書、委任状を持参して提出するよう求めた。

しかし、被控訴人と丙川は、これに応じなかったので、控訴人は、不二建設の了解を得て契約締結日を同年七月二五日に延期し、その旨右両名に伝えるとともに同日までに必要書類を提出し契約書に署名・捺印しないのであれば延納利子税を納付しない旨申し入れたが、両名は同日までに必要書類等を提出しなかった。

なお、被控訴人と丙川は、相談のうえ同年七月一五日以前から控訴人に対し延納利子税等を支払うことを文書で約束するよう要求し、印鑑証明書等の必要書類の提出を拒否していたので、控訴人は、右両名に対し文書案を持参すれば延納利子税等を支払うことと約束してもよいと表明したが、両名は契約締結日までに右文書案を持参しなかった。

このように被控訴人と丙川が必要書類の提出義務に違反したため、控訴人は、同年七月二五日までに不二建設との間で本件土地売買契約を締結することができなかった。したがって、控訴人の延納利子税(一日あたり一六万五二五七円)の納付義務は、控訴人と丙川に対する関係では同年七月一六日以降の分または遅くとも同年七月二六日以降の分について消滅した。

二  相続税納付義務の不履行についての帰責事由の不存在

控訴人は、本件第一合意に基づく相続税納付義務を履行しなかったが、右不履行は控訴人の責に帰すべからざる事由によるものである。

すなわち、控訴人は、本件第一合意に基づいて、昭和五八年一〇月一四日、不二建設に対し本件土地を売り渡し、昭和五九年二月一日、住友銀行西荻窪支店において残代金の支払いと所有権移転登記申請に必要な書類を授受することになった。ところが、被控訴人と丙川は、前記一のように委任者としての協力義務に違反したうえ、丙川は、同年二月一日、同銀行において控訴人に対し本件第一合意を解除する旨の意思表示をし、かつ、本件土地についての同人の共有持分相当額を渡さなければ必要書類を交付しないと主張した。

控訴人は、本件土地売買契約の不履行による違約金支払いを免れるためには丙川の右要求をのまざるを得ず、他の委任者に対しても各自の共有持分相当の代金を渡すことになり、納税義務を履行することができなかった。

このように控訴人の本件第一合意に基づく相続税納付義務は、控訴人が本件土地の売却代金全額を取得して初めて履行することができるものであり、被控訴人と丙川の委任者としての協力義務違反及び丙川の右のような不当な解除と要求のため、控訴人が相続税納付義務を履行することができなかったものである。

したがって、控訴人の右債務不履行は控訴人の責に帰すべからざる事由によるものである。

三  本件第一合意の解除による失効

本件相続人らの間において本件第一合意が成立した直後から被控訴人と丙川により控訴人に対したびたび不信行為がなされた。すなわち、被控訴人と丙川は、本件土地の売買に必要な書類の提出を拒否したことによって昭和五八年七月一五日、同月二五日の売買契約を不成立に至らせたこと、控訴人は、被控訴人や丙川から種々の要求を受けたので、荻津卓則弁護士の立会いのもとに話合いの場を持ち、控訴人が右両名の要求を受け入れてこれを契約書に盛り込むことを了解したのに、両名はその契約書案(乙第二五号証の一)の内容が両名にとって一方的に不利益であるとして署名・捺印を拒否したこと、相続税の賦課されない春子を除き他の相続人は延納のために各自が相続により取得した土地を担保提供したにもかかわらず、被控訴人は、担保提供を拒否して、自己が相続により取得した土地の分筆に応じようとせず、逆に控訴人に対し被控訴人のための担保提供を強要したことなど委任者の協力義務に違反する数々の不信行為をした。

このような不信行為に加えて、丙川は前記のとおり昭和五九年二月一日前記銀行において本件第一合意を解除する行為に及び、控訴人がこれを阻止して売却代金全額を受け取ろうとすれば、丙川は必要書類の引渡しを拒否し、その結果売買契約不履行の事態を招くことが必定であったから、控訴人はこれを避けるため丙川の要求をのみ相続税の一括納付を断念し、丙川が本件第一合意を解除する旨の意思表示をした直後に、やむをえずその場において被控訴人、丙川、次郎、三郎に対し、各自持分に応じて代金を受け取り領収書を出すように伝えて、黙示的に民法六五一条に基づき本件第一合意を解除する旨の意思表示をし、同日帰宅後春子に対しても同様の意思表示をした。よって、本件第一合意は失効し、右合意から生ずる控訴人の相続税納付義務は消滅した。

四  本件第二合意の失効

本件第二合意は、控訴人によって本件土地の売却が行われ、控訴人において売買代金全額を受領した場合にその代金から支払うことを停止条件とするものである。

しかし、丙川が本件第一合意を解除し、本件土地についての同人の共有持分に相当する代金を要求したことによって控訴人による売却は不可能になり、控訴人において売却代金全額を取得することができなかったので、右条件は不成就となり本件第二合意は失効した。

(被控訴人)

一 控訴人の主張一項のうち、第五段の一日あたりの延納利子税額は知らない。同項のその余の事実は否認する。

二 同二項のうち、控訴人が本件第一合意に基づいて昭和五八年一〇月一四日不二建設に対し本件土地を売り渡し、昭和五九年二月一日住友銀行西荻窪支店において残代金の支払いと所有権移転登記申請に必要な書類の授受をすることになったことは認めるが、その余の事実は否認する。

三 同三、四項の事実は否認する。

理由

一  請求原因1(当事者等)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(本件第一合意の成立)の事実は、本件土地売却代金をもって相続税中の延納利子税、延滞税及び過少申告加算税をも納付すると合意されたとの点を除き、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件相続人らは、冬夫の死亡(昭和五七年一一月三日)後何回かにわたって本件相続財産につき遺産分割の協議をしてきたが、相続税の納付期限(昭和五八年五月四日)が差し迫った同年四月下旬ころになって、本件相続によって本件相続人らに賦課される相続税等の納付のため本件相続財産の一部である本件土地を売却し、その売却代金をもって相続税並びに右売却に伴う所得税及び住民税を納付することとして本件第一合意をしたこと、右合意の際には本件相続人らの間で相続税の延納利子税、延滞税及び過少申告加算税について話題になったことはなかったが、そのころは控訴人において本件土地の買主を探すべく行動していたものの、まだ具体的に売却の相手方は決まっておらず、右納付期限までに相続税を納付することができる見込みはなかったこと、したがって、相続税の納付が遅滞すれば延納利子税、延滞額が賦課されることが予想できたこと、以上の事実が認められる。右認定事実によれば、本件相続人らは、本件土地の売却代金をもって本件相続に関して本件相続人らに賦課される延納利子税、延滞税及び過少申告加算税を含む一切の相続税を納付する趣旨で本件第一合意をしたものと認めるのが相当であり、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができない。

以上によれば、本件第一合意は、委任契約の範ちゅうに属するものと解すべきところ、本件土地の売却を一任された控訴人において売却を実施し、その売却代金をもって相続税等一切を納付して剰余が生じたときは控訴人がこれを取得し、不足が生じたときは控訴人がこれを負担するという点において、委任者たる本件相続人ら(控訴人を除く。)の利益のみならず、受任者たる控訴人の利益のためにも委任がなされたものと解するのが相当である。

三  請求原因3(本件第二合意の成立)及び同4(本件土地の売却)の各事実は、当事者間に争いがない。

四  そこで、控訴人の延納利子税納付義務消滅の抗弁について検討する。

〈証拠〉によれば、控訴人を除く本件相続人らは、控訴人に対し本件第一合意において相続税等納付のための本件土地売却について販売先、代金額その他一切の決定を控訴人に一任し、印鑑証明書、委任状等の必要書類、署名・捺印を控訴人の要求があれば即刻提出ないし実行することを約したこと、控訴人は、本件第一合意に基づいて、本件土地の買主を探した結果、昭和五八年七月一五日不二建設との間で本件土地の売買契約を締結することになり、被控訴人及び丙川に対しその旨伝えて印鑑証明書の提出を促し、右両名は同年七月一二日各自の印鑑証明書を用意したが、控訴人が取りに来なかったため、これを控訴人に渡さないでいたところ、右売買の締結は同月二五日に変更され、更に同年九月末日まで契約時期が延期されたこと、不二建設は、本件土地を買い受けたうえ、これを訴外真福寺所有の土地と交換する予定でいたところ、同寺所有地が貸地となっており借地権を買い上げて右交換を実現するまでには相当の日時を要することから、控訴人に対し本件土地の所有権移転登記申請を同年一二月末日まで留保することを要請し、同年七月の時点では代金決済と土地引渡し及び所有権移転登記申請に必要な書類の授受を早急に行う必要がなかったこと、被控訴人及び丙川を除く本件相続人ら(控訴人・春子・次郎・三郎)が同年七月一五日に印鑑証明書等必要書類を持参して契約の調印場所に臨んだかどうかは明らかでなく、控訴人において同日前後から同月二五日までの間に控訴人を除く本件相続人らに対し不二建設との間の本件土地売買契約の締結に協力するよう積極的に働き掛けた形跡がないこと、丙川は、相続税支払に関する念書(甲第三号証(写)、乙第一号証)が控訴人を除く本件相続人らから控訴人に対して差し入れた念書の形式をとっていたことから、同年七月一五日ころ、控訴人に対し相続税及び延納利子税等の納付を約する念書を作成して交付するよう要求していたが、控訴人はこれに応じなかったことが認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信することができない。

右認定の事実によっては、被控訴人が本件土地売買契約の締結に必要な書類の提出義務に違反し、そのために控訴人が昭和五八年七月二五日までに不二建設との間で本件土地売買契約を締結することができなかったということはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

そうすると、控訴人の延納利子税納付義務が、被控訴人に対する関係で同年七月一六日以降の分または同年七月二六日以降の分について消滅したということはできない。

五  次に、控訴人の相続税納付義務の不履行についての帰責事由不存在の抗弁について判断する。

〈証拠〉によれば、控訴人が、昭和五八年七月末ころ、本件相続によって本件相続人らに賦課される相続税の延納利子税の本件土地売却代金をもって納付しないと表明したことから、被控訴人と丙川は、控訴人に対し相続税本税のほか延納利子税をも納付することを書面で約束するよう要求し、右三名は、同年八月、荻津卓則弁護士の立会いのもとに協議の場を持ち、各自が念書案と契約書案を提出して交渉したが合意に達しなかったこと、控訴人は、本件第一合意に基づいて、同年一〇月一四日、不二建設に対し本件土地を売り渡し、昭和五九年二月一日、住友銀行西荻窪支店において残代金の支払いと所有権移転登記申請に必要な書類を授受することになったこと(この事実は、当事者間に争いがない。)、右売買契約の締結に際して、被控訴人と丙川は、他の相続人とともに控訴人の求めに応じて印鑑証明書、委任状等の必要書類を提出し、売買契約書に署名・捺印したこと、春子を除く本件相続人らは、本件土地売買の残代金の支払日である同年二月一日、その支払場所である同銀行に集まったこと、同年一月末日現在丙川に課せられる相続税の延納利子税額は約八五〇万円に達していたところ、丙川は、前記のようにかねてから本件第一合意に基づき、控訴人において相続税本税のほか延納利子税等をも納付すべきであると主張していたのに、控訴人がこれに応じない態度をとっていたため、同銀行において、控訴人に対し本件第一合意を解除する旨述べ、その旨記載した通知書を渡し、本件土地についての自己の共有持分に応じた売却代金を交付するよう要求したこと、そこで、控訴人は、この場に集まった被控訴人を含む相続人らに対し、本件相続人らが各自の持分に応じて売却代金を受領し、各自が本件土地の買主である不二建設に対し領収書を発行することを提案し、これに基づき、被控訴人を含む相続人らは各自領収書を発行したが、被控訴人は、自己の持分に応じた売却代金の受領については、弁護士に相談してから返事をすると述べて、これを控訴人に預けたまま帰宅したこと、控訴人は、売却代金を右のように分配してその金額を自己が取得しなかったことから、本件相続人らのために本件第一合意に基づく相続税納付義務を履行しなかったことが認められ、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができない。

以上の事実によれば、控訴人は、本件第一合意に基づき、本件土地の売却代金をもって本件相続に関して本件相続人らに賦課される延納利子税等を含む一切の相続税を納付する義務を負担していたのに、被控訴人や丙川に対し右延納利子税等の納付義務を否定する言動に出たため、丙川は、やむなく本件第一合意を解除し、本件土地についての自己の共有持分に応じた売却代金の交付を要求したものであるから、丙川の右の解除と要求には無理からぬ理由があり、これをもって不当なものということはできない。そして、被控訴人と丙川が委任者としての協力義務に違反したものということができないのは、前記四において認定したとおりである。

そうすると、控訴人の相続税納付義務の不履行は、控訴人が延納利子税等の納付義務を否定したことに基因しているから、控訴人の責に帰すべからざる事由によるものであるということはできない。

六  次いで、控訴人の本件第一合意の解除による失効の抗弁について判断する。

本件第一合意のように単に委任者の利益のみならず受任者の利益のためにも委任がなされた場合であっても、委任契約は当事者間の信頼関係を基礎とする契約であり、当事者の意思に反して事務処理を継続させることは、当事者の利益を阻害し委任契約の本旨に反することになるから、各当事者は、民法六五一条により相互に委任契約を解除することができ、ただ、相手方が解除により不利益を受けるときは、その損害を賠償する義務があるが、相手方が著しく不誠実な行動に出る等解除につきやむをえない事由があるときは、損害賠償の義務を負わないと解するのが相当である。

また、本件第一合意は、控訴人と控訴人を除く本件相続人ら五名との間で成立した契約であって、当事者の一方が数人いる場合であるから、これを解除する旨の意思表示は、控訴人から控訴人を除く本件相続人ら全員に対して、又は控訴人を除く本件相続人全員から控訴人に対して、する必要があるというのが本則であるが(民法五四四条一項)、委任契約においては各当事者に相互解除の自由が認められているから(民法六五一条一項)、対立当事者間で順次相互に解除の意思表示がされた場合であっても、解除の意思表示が最終的に当事者全員の間でされたときは、最後の解除の意思表示が相手方に到達したときに解除の効力を生ずると解するのが相当である。

これを本件についてみると、丙川が昭和五九年二月一日控訴人に対し本件第一合意を解除する旨の意思表示をしたことは、前認定のとおりであり、〈証拠〉によれば、春子、次郎及び三郎の三名は同年二月二日控訴人に対し書面をもって本件第一合意を解除する旨の意思表示をし、次いで、控訴人の代理人であった弁護士稲垣規一は、同月五日被控訴人に到達した内容証明郵便により、被控訴人に対し、丙川らの相次ぐ解除の申出により本件第一合意に基づく委任事務を継続して処理することが不可能になったとして、本件第一合意を解除する旨の意思表示をしたこと(控訴人が被控訴人に対して解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。)が認められる。

右認定の事実によれば、控訴人が被控訴人に対して昭和五九年二月五日に本件第一合意を解除する旨の意思表示をしたときに、本件第一合意についての解除の意思表示が最終的に当事者全員の間でされたものということができるから、このときに解除の効力が生じたものというベきである。

そこで、控訴人が被控訴人に対して本件第一合意を解除するについてやむをえない事由があったか否かについて判断するに、本件第一合意が解除されるに至ったのは、前認定のとおり、控訴人が自己の負担する延納利子税等の納付義務を否定する言動に出たことが原因となっているものであり、これは自ら招いた事態ともいうべきものであって、被控訴人と丙川が控訴人に対し延納利子税の納付を求めたことや丙川が最初に本件第一合意を解除する行為に出たことをもって委任者として著しく不誠実な行動に出たものということはできない。また、〈証拠〉によれば、被控訴人は、控訴人に対し相続税延納申請のための担保提供を求めたが、これは被控訴人において本件第一合意により本件相続人らより相続税等の納付手続の一切を委任された控訴人に右担保提供義務があると考えてしたものであることが認められるから、これをもって控訴人の主張するような不信行為ということはできない。

そうすると、控訴人が被控訴人に対して本件第一合意を解除するについてやむをえない事由があったということはできない。

したがって、控訴人は、被控訴人が右解除により被った損害を賠償すべき義務がある。

なお、被控訴人は、本訴において控訴人の本件第一合意の債務不履行による損害の賠償を求めているけれども、右請求には本件第一合意の解除による損害の賠償を求める趣旨も含まれていると解するのが相当である。

七  次に、控訴人の本件第二合意失効の抗弁について判断すると、〈証拠〉によれば、控訴人は、本件第二合意に基づく遺産分割調整金二五〇〇万円を本件土地の売買代金の中から工面しようと考えていたこと及び本件第二合意においては右調整金の支払日を本件土地の売却時とする旨約定されていたこと(支払日の約定は、当事者間に争いがない。)が認められる。しかし、本件第二合意が控訴人において本件土地の売却代金全額を取得することを不可欠の前提条件とし、或いはその代金から支払うことを停止条件とするものであることについては、これを認めるに足りる十分な証拠はない(もっとも、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中には該合意が条件付である旨の控訴人の主張に副う部分があるけれども、にわかに措信することができない。)。

したがって、丙川が本件第一合意を解除し、本件土地についての同人の共有持分に相当する代金を要求したことによって、控訴人が売却代金全額を取得することができなかったからといって、本件第二合意が失効したということはできない。

八  そこで、被控訴人の損害等について検討する。

1  控訴人は、本件土地の売却に伴う譲渡所得発生のため被控訴人に賦課される所得税及び住民税並びに本件相続により被控訴人に賦課される相続税のうち、相続税本税の一部二九七六万八一〇〇円を納付したが、その余を納付しなかったこと、被控訴人が原判決別紙一覧表記載のとおり相続税等を納付したこと、控訴人が被控訴人に対し第一次、第二次の各送金をしたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。そうすると、被控訴人が第二次送金の日(昭和六〇年六月一九日)までに被った損害金及び遅延損害金は、原判決別紙損害金等の内訳記載のとおりであり、第二次送金二九七六万八一〇〇円を右遅延損害金、損害金の順に補填すると、右損害金の残金は二四六〇万九〇六三円になる。

また、被控訴人が第二次送金後に納付した住民税相当額の損害は、原判決別紙一覧表記載の(8)ないし(11)(最終納付日は昭和六一年一月三一日)のとおり合計金一三五九万二八五〇円である。

2  したがって、控訴人は、被控訴人に対し、(一)損害賠償金として金三八二〇万一九一三円並びに内金二四六〇万九〇六三円に対する昭和六〇年六月二〇日から、及び内金一三五九万二八五〇円に対する昭和六一年二月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、(二)本件第二合意に基づく調整金として金二五〇〇万円及びこれに対する弁済期である本件土地の売却代金残金の支払日の翌日である昭和五九年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

九  以上の次第であり、被控訴人の本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容した原判決は相当であって、その取消しを求める本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松岡 登 裁判官 小林 亘 裁判官 小野 剛)

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